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報道によると、DNA型が一致したとして警察がある男性を逮捕したが、実際は事件とは無関係の別人だった。警察庁が管理するDNA型データベースに誤った情報が登録されていたためで、「DNA鑑定の精度は飛躍的に高まっているが、人為的とみられるミスが絡んだ」ことによるそうです。このところ「DNA鑑定の結果によると」とかまされると、「ははーっ」と黙らされてしまう傾向がありますが、この件はほとんどブラックユーモアの域に達しています。 すぐに連想したことは、コンピュータが日常生活にかかわるところまで普及したひと昔前、市民が先方の手違いではないかと談じ込むと、「コンピュータを使っているのだから間違いない」とけんもほろろにはねつけられる事態が頻発したものです。人力による入力ミスやプログラムミス、システムトラブルやコンピュータウィルスなどによる不具合が山ほど出てきて、コンピュータだからと、いまどき全幅の信頼を置く人はまずいないでしょう。 最近のことをみても、新型インフルエンザやチリ地震に起因する津波の過大報道など、予測情報に振り回されることがあとを絶ちません。津波予想などは、安全を期して最悪の事態を予想したのだとすればわからなくもないのですが、新型インフルエンザの大流行予想は、欧州の製薬業界がワクチンの大量販売を狙ってのやらせだった可能性ありとの報道にはガックリきました。私たち夫婦も順番を今か今かと待ちかねて、安くない料金で予防接種を受けた口でしたから。 警世の書、内田樹さんの「日本辺境論」にこういう一節があります。「幕末の日本人は海外についてほとんど情報を持ちませんでした。けれども、きわめて短期間にごく断片的な情報だけから、このまま坐していたのでは帝国主義列強の侵犯を受け、中国に続いて半植民地化する可能性があるという見通しについての国民的な合意が形成された(そうでなければ明治維新のようなラディカルな政体変動が可能になるはずはありません)。情報量の多寡と状況判断の当否は必ずしも相関しない」。 さまざまなマスメディアからおびただしい情報が洪水のように降り注いできますが、どれがガセネタでどれが大切な情報なのか、それを見極めるのがますます難しくなってきた感じがします。 |
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